They lived happily ever after...

花冠の宰相

 大陸歴1473年春。大陸一の繁栄を誇る大帝国ハイベルンから、小国ながら長い歴史のある隣国ブロークリアへ、一つの知らせがもたらされた。
 ハイベルン皇帝の紋章をつけた使者は、ブロークリア国王ギルベルトに直接謁見を求めた。
 刻限になり、侍従がギルベルトの入室を告げる。若き君主は部屋の奥にもうけられた玉座へ腰を下ろすと、帝国からの使者と相対した。
「ブロークリア国王陛下に、ハイベルン皇帝からの親書をお渡しいたします」
 使者が口上を述べ、しっかりと封印された書簡を示す。
 ギルベルトは側に控える侍従に軽くうなずき、その親書を持ってこさせた。裏返し、確かに皇帝の印章が封蝋に押されているのを確認する。
「ハイベルン皇帝陛下よりの親書、確かに受け取った」
 ギルベルトはその場で封を切り、その手紙を読んだ。そこには、親友からの飾らない言葉が並んでいた。
 短いその手紙を三度読み直すと、ギルベルトは顔を上げ、臣たちを見渡した。
「ハイベルン皇帝には、我が妹アーデルハイトを皇妃として迎えたいとの思し召しである」
 ギルベルトが告げたとたん、部屋全体がかすかにどよめく。
「婚礼の儀は約半年の後、ハイベルンの帝都ヴィスバーデンにて執り行われる。皆そのように支度するように。……使者殿、お疲れであろう。今宵はゆっくりと休まれるがよい」
 そうねぎらいの言葉をかけると、ギルベルトは広間を出た。
 そのまま、王族の私室のある王宮の最奥部へと足を向ける。そうしてやってきたのは、妹アーデルハイトの部屋の部屋だった。
「お兄様」
 兄の来訪に気づいたアーデルハイトは、驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔で兄を出迎えた。
「どうなさったのですか? こんな時間においでになるなんて珍しいこと」
「お前にいい知らせを持ってきたのだよ」
 妹に甘いギルベルトは、にっこりと微笑んだ。
「ようやくお前の婚儀が決まったよ」
 見る間にアーデルハイトの顔に喜びが満ちる。
「お兄様、本当? 私、ではハイベルンへ行けるのですね? フリードリヒ様のお側に」
「そうだ。婚礼は半年後だが、いろいろと準備もあるだろう。忙しくなるぞ」
 傍らに控えた女官達から、口々におめでとうございますと声が上がる。
 待ち望んだ縁談がようやくまとまった喜びに、ブロークリアの王宮は沸き返っていた。
 その後まもなく、慶事が発表されると、国を挙げて王女の輿入れを祝った。
 兄と国民と、周囲のすべての人々に祝われて、王女は幸せだった。
 ずっとずっと待ち望んだ婚礼に、なにより恋しい人の元へ嫁げることに、心から喜びを感じていた。

 婚礼までの半年の準備期間は、あわただしく過ぎ去った。
 季節が夏を通り過ぎ、秋へと変わる頃、ブロークリアの王女は、生まれ育った王宮を出る日を迎えた。
「道中気をつけて。婚礼には私も列席するが……その時には、このように近しく話すことはできないのだろうな」
 最後の挨拶に兄の部屋へ赴いたアーデルハイトに、ギルベルトは寂しげに声をかけた。
 婚礼の儀は一月後。
 けれど、ハイベルン皇宮に入った後、アーデルハイトは事実上皇妃として扱われる。血のつながった兄とはいえ、皇帝以外の男性と同じ部屋で直接言葉を交わすことは、おそらく許されないだろう。
「たとえどれほど離れていても、私はお兄様の妹です」
「当たり前だ。もしも皇帝がそなたを悲しませるようなことになったら、帝国と戦になってもそなたを取り戻すぞ」
 おどけた口調に、アーデルハイトはくすりと笑みを浮かべた。
 国王として国益を第一に考える兄のこと、帝国との良好な関係を壊すようなことはしないと、わかっている。けれど、嫁ぐ妹に、王としてではなく兄として言葉をかけてくれたことがうれしくて、涙が出た。
「そのように泣いていてどうする。国境まではばあやも衛兵もついて行くが、国境を越えるのはお前一人だというのに」
「ご心配なく、お兄様。この部屋を出たら、私は立派にブロークリアの王女としてのつとめを果たしてみせます」
 つらくて、悲しくて泣くのではない。これほどまでに兄に思われて、恋しい人に嫁げることが幸せで、涙が出るのだ。アーデルハイトは美しく微笑んだ。
「アデル、皇帝に伝えておくれ。ブロークリア王は、ハイベルン皇帝を信頼している、と。だからこそ、かわいい妹をあなたに預けるのだ、とね」
 優しい兄の言葉に、アーデルハイトは頷いた。
 それは何よりのはなむけの言葉。妹を嫁に出す兄の、兄としての最後の言葉だった。

 澄んだ秋の空が、どこまでも高く高く晴れ渡った佳日。
 ブロークリア王女アーデルハイト・フォン・ブロークリアは、ハイベルン帝国の皇妃となるために王宮を旅立った。