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王様の憂鬱



 ――国王の義務は、王家の存続――



「フィリップ陛下!」
 昼下がりの王宮。
 その一室に、場違いな大声が響き渡る。
「うるさいよ、ロベール」
 青年王フィリップは、執務室の机にほおづえをつき、自分の側近が怒鳴るのを静かに眺めていた。
 非公式の謁見を兼ねた昼食も終え、本来ならば今の時間は政務に戻っていなければならないはずだった。
「何の為に申し上げていると思っているんですか!」
 なぜ、予定が狂っているかというと。
「国のため?」
「わかってらっしゃるなら義務を果たしてください!」
 ここ最近の、近いところでいうなら今日の昼食の際のフィリップの行動が問題だった。


 今年二十三歳になるフィリップには、未だ正妃が居ない。
 それどころか、側室の一人とてなく、浮いた噂の一つもない。
 彼がただの平民だったなら、それは今時身持ち正しい青年よと、老人方から褒めちぎられていただろう。
 だが悲しいかな、フィリップは王族、それも国王だった。
 二十三にもなって、国王が側室の一人も持たないと言うのは少し問題がある。
 戦時中というわけでもなく、国を脅かす問題があるわけでもなく、世界は至って平和。
 今、国王が何より優先すべきは、王家存続のため、子孫を残すことだった。
 早い話が結婚だ。
 諮問機関である元老院は、事あるごとに「一日も早いお世継ぎの誕生を…云々」といった文書を送りつけてくるし、親国王派の貴族たちは夜会のたびに自分の娘を引き合わせるし、反国王派の貴族たちは「国王には子を成す能力がない」など無礼千万なことを言いふらしているし、他国の王たちも「ここは一つ自分の娘を…」などと考えている節が大有りである。
 要するに選り取りみどりなわけだが、どういうわけか当の本人、フィリップだけが乗り気でない。
 これでも、十七、八のころは人並みに女遊びもしていたようなのだ。
 周囲も、「この様子ではすぐに側室の一人や二人」と思っていたから、別に急かしもしなかった。
 それが、三年程前にどういうわけかぴたりと女遊びがやんだ。
 妹、テレーズの婚約が決まったあたりである。
 周囲は不思議がったが、ごく一握りの側近たちは、フィリップが「真実の愛」を求めるようになったことを知っていた。
 テレーズが、王族でありながら恋愛結婚したことが最大の原因。
 王族であるからには政略結婚しか許されないと、かたくなに思い込んでいたフィリップにとって、妹の恋はそれはもう見事なカルチャーショックだったに違いない。
 分析ならいくらでも出来るが、それでフィリップの行動が変わるわけでもない。
 以来、フィリップは「いつか出会う誰か」を捜し求め、愛し愛される唯一の人を妃と呼ぶため、側室の一人も迎えないで居ると、まあそう言うことだった。


「今あなたが真っ先にしなければならないのは、子供を作ることです。これは緊急課題ですよ」
 フィリップと、彼の右腕であり乳兄弟でもあるロベールは、最近毎日こんな論争を繰り返していた。
 王宮で働くぐらいだからそうそうやわな精神構造はしていないが、あと三月もこんな生活が続いたら間違いなく神経性の胃炎に悩まされるだろう程には、ロベールも状況を危惧していた。
「子供は作るさ」
 対して、フィリップはいつでも呑気だ。
「ただし、母親に関して妥協はしない」
「そこが問題なんじゃないですか! 大体なんですか、今日も気に入らないからって子供じみた真似をなさって」
 じとりとした目でねめつけられて、フィリップは軽く肩をすくめる。
「あからさまに媚を売る女は嫌いだ」
「……大層自信家でいらっしゃったのは認めますが、身分は申し分無しでしたよ」
「わざとフォークを落として、白々しく『あら』なんて言いながら胸を見せつける女は趣味じゃない。だいたい、今日着ていたドレス、あれは昼間着るものにしては肌を露出しすぎだ。盛りのついたメスネコみたいに目の色を変えてはしたない」
 今日フィリップが昼食を共にしたのは、さる大貴族の娘だった。
 始めは父親もいっしょの予定だったが、まだ一皿めも食べ終えないうちに「では私はこれにて」などといってそそくさと立ち去ってしまったものだから、この昼食会の意図は明らかだった。
 夜会ではそれなりに美しいと思っていた令嬢だったが、明るい日の光の下で見ると白壁のような化粧を施し、腰はコルセットでいやというほど締め上げていて、お世辞にも健康的とはいいがたい。
 もともと対して魅力を感じていないのに、「世の男は全て自分にひれ伏すもの」といわんばかりのあからさまな態度を見せられては、それこそ百年の恋も冷めるというものだ。
「別に気に入らなかったのが悪かったといってるんじゃありません。陛下の趣味ぐらい私だって承知してますから。ただ、何もあそこまですることはないですよ」
「何が悪い。仮にも王妃の座に上ろうという野望を持つからには、それなりの教養があるのだろうと思っただけのこと」
 その言葉に、ロベールは大きな溜息をつく。
 確かにその令嬢は、美しいとは評されても、品があるとか学問に造詣が深いといった形容からは程遠い女性だった。
 が、フィリップが求めるのは王妃として自分の隣に座しても見劣りしないだけの美貌と教養の持ち主。
 はじめから気に入られることなどありえなかったと言い切ってしまえばそれまでだが、しかし。
「いくらなんでも侍女たちの前で質問攻めにすることはないでしょう。おかわいそうに、しばらくは屋敷の外へ出られますまい」
「恨むなら自分を恨むんだな。無知と無教養は王宮という伏魔殿では何よりの罪だ」
 フィリップは鼻で笑ってどこ吹く風。
 自分の政治に関する質問に何一つ答えられなかった令嬢が悔し涙したことや、それを見た侍女たちが面白おかしく『王のご不興をこうむった姫君』と尾びれ背びれをつけて吹聴して回ることなど、気付いているだろうに気にもしない。
 下手をすれば彼女の一族郎党皆が『王にまつろわぬ一族』として、宮廷から消えていくだろう。
 自分の発言の影響力を知り尽くした上での行動だから、余計に性質が悪い。
 そして、こういった騒ぎは初めてではなかった。
 そのたびに、周囲の求婚者たちは一人、また一人と姿を消していく。
 自分に自信が持てなくなり自ら舞台も降りた者もいれば、王の辛らつな言葉に自信も何もかも粉みじんに打ち砕かれて泣く泣く前線を去った者もいる。
 周囲の素直な心情からすれば、とりあえず手ごろな貴族の娘をでも側室に召して子供を作ってもらいたい、世継ぎが確保できたなら、その後は真実の愛でも最高と美貌と知性を持った女性でもなんでも追求してくれて構わないから…といったところ。
 もちろん、理由なく焦っているわけではない。
「現在、王家には『お世継ぎ』と呼べそうな方は居ません。お分かりですね?」
 ロベールが、ここのところ毎日繰り返して、すでに嫌味としても通じなくなっている事実を突きつける。
 だがそれは紛れもない『事実』。
 王家の系譜に連なり、王族と呼ばれてはいるものの、その実「五代前の国王の弟の子孫」だとか「十代前の国王の末子の子孫」だとかいう連中の、いかに多いことか。
 一番近い血縁が又従兄の子供である。
 これでは周囲が急かすのも無理はないと思われた。
「陛下にお子が出来なければ、わが国は王位を巡って国中が荒れますよ。そうすれば領土拡大を虎視眈々と狙う近隣諸国もつけこんでくるでしょう。戦国乱世の幕開けです」
「わかってる」
 ロベールが言ったような事態はフィリップも予想済みである。
 そうなったら嫌だなぁ、ぐらいの感想もある。
 だが、どうしても妻となる人について、周囲が言うように気楽に考えることが出来ないでいたのだ。
「でもしょうがないだろ? 側室を迎えてもいいけど、気が合わなかったら寝室には呼ばないよ?」
 「側室を迎えてもいいけど」で思わず期待してしまったロベールは、そのすぐ後の「気が合わなかったら寝室には呼ばないよ?」でがくりと膝の力を抜いた。
「どうして、そうなるんですか」
「だから言ってるじゃないか。僕はただ一人の人を愛し、その人だけを妃にしたいんだって」
「……とりあえず、でも構いませんから、側室を迎えるおつもりは」
 形だけでも側室を迎えれば、その女性との間に子供が出来ることだってありうる、と計算したロベールの言葉だったが。
「んー」
 フィリップはちらりとロベールの顔を見上げ、嫣然と微笑む。
「ロベールなら側室にしてあげてもいいよ」
「――……………」
 その冗談とも思えない口ぶりに、さしものロベールも沈黙する。
「あ、それいいかも。そうしたらとりあえず『ご側室を』ってうるさく言われることはない」
「……女性でないと意味はありませんよ……」
「わかってるよ、そんなこと」
 やはり冗談だったか、と安堵する気持ちが半分、ここまでいってもまだ駄目か、と絶望にも似た気持ちが半分。


 王家の世継ぎ問題は、当分解決しそうになかった……。
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