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夏の夜空
「テレーズ、ちょっとおいで」
 ……イヤな予感はしたのだ。これはちょっと、マズいなぁとも、思いはしたのだ。それでも彼女が素直に国王である兄の部屋へ行ったのは、国政を担う立場ということもあり、普段あまり感情を表さない兄が、本当に、心底うれしそうな声で自分を呼んだからだ。
「ロワーヌの叔父上のこと、覚えているかい? 今度、新しく建てた湖のほとりの離宮に遊びにおいでって言ってくださってるんだけど、おまえ、行ってみるかい?」

     どうせこの夏も忙しくて、おまえをどこにも連れて行ってやれないだろうから。
     行っておいで、骨休めになるよ。

 そういわれたときも、強引だなぁ、とか、これはいよいよマズいなぁ、とか思ったのだ。そう、しっかりきっぱり、不吉な予感がしていたのだ。
 断ろうかとも思ったけれど、兄のうれしそうな顔を見ていると、どうも言い出しにくくて……。
 …しまった。あの時点で断っておけば、少なくとも叔父たちのおもちゃになることはなかったのだ!
 ああ、われながらバカなことをした。らしくない失態だ。こんなことならば執務室の書類に埋まっていたほうがいくらかましだったろうに。
「何をうだうだと悩んどるんだね?」
「どうせあなたのことだから、『こなければよかった』と非建設的で後ろ向きなことでも考えてるんでしょう?」
 ……。図星です、叔父上、従兄殿。
 だから、来るのがイヤだったんです…などということは、テレーズにはいえなかった。
自分はまだ十七歳。命は惜しい。
「また何か考えとるな」
「学習能力が高いのやら、低いのやら」
「口に出さない分、学習しとるとは思うがね」
「それにしては、懲りずに毎回毎回同じことを」
 ひどい言われようだが、言い返すことはしない。
 それでも、反論する気持ちがまったくないわけではない。
 だから目の前に供されている紅茶を一口すすって、心を落ち着ける。
 まあ、言ってみても無駄なことはわかりきっているのだ。この人らには通じない。
 人をつつくことにかけては天才的、なのだから。
(いずれ、私もああなるのだろうか)
 彼らも自分や兄と同じく、政治の世界に身をおいている。
 彼らの達者な口が、遺伝と経験によってもたらされたものならば、同じ血を持つ自分も、いずれはああなってしまうのだろうか。
(それは、ないな)
 五つ年上の母方の従兄をそっと横目で盗み見て、そう思った。
(アレは、性格の悪さがそのまま口に出ているから……)
 遺伝と経験、足すことの性格というところだろう。
海千山千の怪物たちを相手に、生き馬の目を抜く政治の世界を華麗に泳ぎまわっている親子だ。
自分など、たとえ五十年経ったとしても彼らには勝てないだろう。
勝とうともおもわないけれど。ああ、だけど!
「わかっていて、お呼びになったのでしょう?」
 一言でいいから返してみたい、という欲求に負けたテレーズは、見事玉砕した。
「でも、あまりに期待通りの反応を返してくれるから」
 その後に続く言葉は容易に想像がつく。『面白くて、つい』だ。
「それで?」
 あまりに手玉に取られるのも癪なので、わざと無視して切り返してみる。
 無論、彼らにとっては嫌味にもならない程度のことだけれど。
「ご用件は? 叔父上。まさか、ただの避暑のために、私を呼んだわけではありませんわね?」

    これでも、なにかと忙しいのですが。予定をすべてキャンセルしたんですの。どういう意味か、おわかりね……?

「それは、もう。かりにも一国の王女をお招きするんですから、ちゃんとそれなりの理由が…ああ、アルマン。おそかったね」
 どうやら、テレーズを歓迎するという名目のこのお茶会の、もう一人の主役がかれらしい。
 従兄の視線の先に見つけたのは、品のよい顔立ちをした青年。
 直接会うのは初めて。けれど何かにつけ兄から情報を吹き込まれている。
 かれを見ただけで、今回の招待が何のためであるかはっきりわかってしまった。
 周りが見えすぎるのは、時として非常につまらないこともわかってしまうということらしい。
「アルマン、紹介するよ。こちら、僕の従妹のテレーズ。テレーズ、僕の友人のアルマンだ」
「はじめまして、レディ」
「はじめまして、アルマンさま」
 挨拶は、貴族の礼儀にのっとって。
 普段は儀礼的で古風で、あまり好きではない右手への接吻も、かれにかかれば美しく、優雅で。
 目が合ったとき、思わず顔を赤らめてしまったのは、テレーズも年頃の少女だからか。
 とにかく、きれいなのだ、かれは。
 年頃の少女ならだれでも抱く王子様のイメージ。
 かれが白馬に乗れば、絵本から抜け出してきたのだといわれても信じてしまいそうな、そんな雰囲気をもっている。
 危うさもある。
 薄いガラスでできたグラスのように、少し力を加えればもろく崩れ去ってしまいそうで。今にも、あと一歩で世界をたがえてしまいそうな、はかなげな人。
 しかし、それだけではない。
 常人では気づかないほど、うまく紛らわされてはいるけれど、瞳には強い意思の光がある。誰にも屈しない、強い精神を持つもののみが宿す光。
 それが、かれの本当の姿なのだと、テレーズは理解した。
 かれは、自分の本性を隠し、仮面をつけることでこの世界で生き抜いてきたのだろう。
(こんなに不思議な人は、見たことがない)

 テレーズは、一目で彼に魅せられてしまったことを知った。

*     *     *


(美しかった)
 初めてあった人、それも自分より年下の少女から目が離せなくなるなど、アルマンには初めての経験だった。
 人は皆アルマンの外見にだまされる。
 おとぎの国の王子のようだと、侮る。
 だからこそ、今まで無事に生き抜いてこられた。
 自分が巨大な猫をかぶっていることに気づいているのは、親友のロワーヌ子爵ベルナールとその父公爵を含めても両手に満たない数だ。
 だが。
 あの少女は、アルマンを一目見て、含みのある微笑を浮かべた。
 それでわかった。彼女は自分のかぶる猫に気づいたのだ。
 たった十七歳の少女が!

 アルマンは自覚せざるを得なかった。
 自分があの少女に一方ならぬ関心を寄せていることを。

*     *     *


「うまくいきそうですね、父上」
「うまくいかねば困るのだ。何しろ、大陸の二大大国の命運がかかっておる」
 隠密裏に進められてきた計画は、成功されなければならない。
 それでなくては、この十年間の自分たちの苦労が水の泡になってしまう。
「なんとしてでもうまくいかせてみせるぞ。両陛下の期待を裏切ることはできん」

*     *     *


『……というわけで、兄上と叔父上たちのたくらみはしっかりわかってしまいました。今度からこんな回りくどいことはなさいませんように。
 (もしも今度があれば、の話です。おそらくないでしょう。)
 アルマンさまは良い方です。わたしたちはきっとうまくやっていけるでしょう。
 それでは、私が帰るまでにお体をこわしたりなさいませんよう。身辺には十分お気をつけください。

あなたの妹 テレーズ』


 手紙を書き終えて、ふと窓の外を見ると、満天の星。
「そういえば、こんな風にゆっくり星を見ることも、久しぶりね」

    星を見るひまもないほど、政務に追われていたから。 

と、控えめにドアをノックする音がした。
「どうぞ?」
「夜分に失礼。その…伺いたいことがあったものですから」
 顔をのぞかせたのは、真っ赤な顔をしたアルマン。
 そういえばしばらくこっちに滞在すると言っていた。
「どうぞ、お入りになって」
「いえ、こんな時間に女性の部屋に入るわけには」
「あら、従兄殿ならすすめるまでもなくはいっていらっしゃるけれど」
 テレーズがそういったとたん、アルマンはむっとした表情で言い返した。
「あれといっしょにしないでいただけますか」
 その表情が、年上の男性なのにかわいらしくて、ついついテレーズは笑ってしまう。
 根は素直な人なのかもしれない、と思いつつ。
「……その、よろしければ、下の談話室へ」
「ええ」
 二人で並んで廊下を歩きながら、テレーズはいろんなことに気が付いた。
 アルマンの身長は、兄よりも少し高く、従兄より少し低い。
 自分を気遣って少しゆっくり歩いてくれる。
 髪の毛は、きれいな蜜色でやわらかそう。
 瞳は、澄んだはしばみ色だけれど、とても鋭い。
 些細なことかもしれないけれど、そんな発見がうれしかった。
 そんな風に考え込んでいたものだから。
「……美しい髪の毛ですね」
 あまりにいきなりで、一瞬反応が遅れた。
 それがわかったのか、彼はゆっくりといいなおした。
「美しい髪を、なさっていますね」
 普段、聞きなれている賛辞だった。
 確かにテレーズの髪は見事な金髪だったから、人々はことあるごとにそれをたたえた。
 だれが言い出したやら、『黄金の姫君』などと言う呼称まである。
 しかし。同じ賛美でも、彼の口から聞くものは別だった。
 胸が弾む。
 顔が真っ赤になりそうで恥ずかしいけれど、いやな気分ではない。
 むしろ、嬉しすぎて、どうしたらいいのかわからなくなってしまいそうだった。
「ありがとうございます」
 だから、そう返すのがやっとで。
 振り向いたかれがにこと微笑んだのを見て、またうれしくなった。

*     *     *


 談話室にいた従兄は、二人連れ立って入ってきたのを見ると、はじめ『おやおや』とばかりに片眉をあげてみせ、「邪魔はしないし、させないよ。どうぞごゆっくり〜」といいおいて笑いながら出て行ってしまった。
 結局、ここでも二人きり。
「あの、ですね、話というのはつまり……その…」
 そこで、覚悟を決めたという風に一つ大きく息をすると、アルマンは立て板に水の勢いでしゃべり始めた。
「今日お会いしたばかりで、いきなりこんなことを言うのもどうかと思ったのですが、どうせいずれ言わなければならないんでしたら早いほうがと思って。別にベルナールに言われたとかではないのですが。ああいや、その、ええと、つまりですね」
 また、一つ深呼吸。
「僕の、伴侶になっていただきたいのです」
 真剣な目。
「あなたに」
 本気で言っているということがわかる。
 だったら、こちらも本気で答えなければ。
 テレーズも、目を閉じて深く息を吸い込んだ。
「はい。よろこんで」
 花がほころぶように、ふわっと幸せそうに笑ったテレーズを見て、アルマンは自分も幸せになるのを感じた。

*     *     *


 数日後、テレーズとアルマンの婚約披露のパーティーで。
「いやぁ、めでたしめでたし、なぁアルマン! まさか紹介したその日に言うとは思ってなかったけど」
 けらけらとほろ酔い気分で笑っているのは、ロワーヌ子爵ベルナール。
 パーティーの主役であるはずのアルマンを独り占めしている。
 普通の人間ならばおそらくできないだろうが、ベルナールにはできた。
 父親であるロワーヌ公爵とともに、今回のお見合いを見事大成功させた彼は、テレーズの兄とアルマンの父親、そして両国の重臣たちから感謝されまくっているのだ。
 多少のことは、周囲が目をつぶってくれている。
 それでなくとも、アルマンはこの自称親友、実質悪友の男にだけは、いつまでたっても頭が上がらない。
 身分の差があろうがアルマンのほうが年上だろうが、なんだろうがお構いなしにちょっかいをかけてくるベルナールは、悔しいことにその身分においても、また頭のよさにおいても他の貴族の若君たちより数段優れていた。
 彼が必要以上にアルマンをかまうのは、本人曰く『来るべき日のため、二人の間のコミュニケーションを密にしたい』、ということだが、アルマンは絶対に違うと思っている。
(ただ僕で遊ぶのが面白いだけだ! 誰がなんと言ってもそれだけだ!)
 だが本人の前で「やめてくれ」といえなければ、いつまでもこの状態が続くのは目に見えている。
 ささやかな抗議すらできない以上、心の平安は遠かった。
 今だって、首に巻きついたベルナールの腕が邪魔だとは思うものの、どけてほしいとはいえないアルマンだった。
「でもまこれでめでたく従兄同士となることだし、祝杯だ祝杯!」
 一体何杯目になるのやら、数えることも忘れたグラスをベルナールが掲げたとき。
 ひょい、と後ろから伸びた手がそのグラスを奪い取った。
「いいかげんになさってください、従兄殿。これはわたしたちの婚約のお祝いなのよ?」
 きれいな顔を少しだけばら色に染めて、今日めでたくアルマンの婚約者となったテレーズが立っていた。
 たいして、グラスを取り上げられたベルナールは「そォんなことわァかってらァ」とろれつの回らない口調でつぶやいたかと思うと、「あはははははははは」と笑いながらどこかへ言ってしまった。
「どうやら、あいつは笑い上戸らしいですね」
「…そのようですね。……」
 テレーズは少しためらうように目を伏せたかと思うと、するりとアルマンの腕に手を回した。
 顔が真っ赤だ。
 アルマンはそんなテレーズがかわいいと思う。
「僕は王子で、いずれ父の跡をついでこの国になるでしょう。でも僕は、国民すべてが幸せだというよりも、あなた一人が僕のそばで笑っていてくれるほうがうれしいんですよ……王子失格かもしれないけど」
 前を見据えたまま、アルマンがぼそっと言う。
 テレーズは少し目を見開いてアルマンを見上げた。
「私も。もちろん、王女としての責任を忘れたわけではありませんが、国など捨てても惜しくないと思うくらいには、あなたのことが大切ですわ」
 耳まで真っ赤にしたテレーズがますますかわいくなって、アルマンはくすりと笑った。
「これから、いろいろと大変なこともあるでしょう。でも今すぐ国を継ぐわけではない。なすべきことは多いかもしれないが、時間はあるし、助けてくれる人たちもいる。……二人で、良い王と王妃になりましょう。そして、ずっと僕のそばにいてください」
 テレーズは、真っ赤な顔のまま幸せそうに笑い、頷いた。

 夏の夜空が、彼らを見ていた。

END.

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